明治の岩越鉄道・大正の越後鉄道・昭和の新潟電鉄

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文書館の講演と、地域学の講座と、写真展を受けてひとつの流れにまとめてみた。


1885 年~1890第1次私鉄ブーム

<M19(1886).5.27 東蒲原郡が福島県から新潟県に編入>
M19(1886).8.15 直江津・関山間(直江津線)開業
M20(1887).5.18 「私設鉄道条例」公布
M20(1887).7.16 岩倉具視主宰の日本鉄道会社により東京・郡山間開業
M21(1888).4.27 「岩越鉄道線路測量計画に関する意見」決議
M21(1888).11  「岩越鉄道会社起業目論見書」が喜多方町長に送付
M23(1890).12 「岩越鉄道設立趣意書並踏測報告書」(*1)を提起
M24(1891).3.3 「岩越鉄道敷設ノ請願書」を衆議院議長に提出
M24(1891).9.16・17 鉄道会議(鉄道問題協議会・新潟県鉄道大会)開催
県都新潟への路線ルートで大激論
直江津線延長派(信越線)・上越線派・岩越線派・豊野線派(信越中央線)で割れる
以後、福島県側が岩越線敷設運動の主体を担う

M25(1892).6.21 「鉄道敷設法」公布
M26(1893).4 直江津・上野間(信越線)全通
M26(1893).11.15 新潟県側から新潟鉄道株式会社(資本金500万円)発起
M26(1893).12 「岩越鉄道敷設ノ請願書」を提出
M27(1894).5 第4回鉄道会議開催
北越線は直江津経由に
M27(1894).5.9 福島県側から岩越鉄道株式会社(資本金700万円)発起
M27(1894).6.12 私設鉄道に許可し得る件公布
<M27(1894).4 北越鉄道会社設立>
M28(1896).5 起点を新潟から酒屋に変更して岩越鉄道株式会社(資本金600万円)発起
M30(1897).5.26 岩越鉄道株式会社に会社設立免状と定款許可状が下付


自由党勢力の強かった喜多方と立憲改進党勢力の強かった会津坂下で
路線敷設変更を巡った問題が政党間の問題にまで発展する。

1895 年~1900 第2次私鉄ブーム

M33(1900).1.12 逆に新潟県側から新潟商業会議所が中心となって、岩越鉄道速成会結成
草倉銅山(現東蒲原郡阿賀町)はM17に足尾銅山の産出量が飛躍的に伸びるまでは
同じ古河財閥の優良鉱山だった。別子銅山にも引けを取らない産出量を誇った。


平瀬(びょうぜ)隧道の珍と深戸鉄橋・当間(あてま)鉄橋
広軌派の初代・7代鉄道院総裁後藤新平と狭軌派の2代原敬、4代床次竹次郎
らの揺れ戻しの産物と言われている。


M39(1906).3.31 鉄道国有化法公布
M39(1906).10.1 岩越鉄道の国有化
<M40(1907).8.1 北越鉄道の国有化>

M40(1907).1.29 越後鉄道発起人会発足、柏崎・白山間の仮免許申請
M41(1908).1.24 発起人会に仮免許下付
M43(1910).4.21 「軽便鉄道法」公布
M44(1911).3.23 「軽便鉄道補助法」による補助金の支出
M44(1911).3 軽便法に基づく越後鉄道会社設立
社長:久須美秀三郎(北越鉄道株式会社の重役を務めていた)、
取締役:安田善四郎、監査役:齋藤喜十郎、常務取締役:久須美東馬

T2(1913).4.20 地蔵堂(現分水)・出雲崎間の開通を以て越後鉄道全通
T3(1914).11.1 津川・野沢間開通を以て岩越線全通
T6(1917).1.22 豊美・徳沢間での雪崩事故
T6(1917).3.26 松野トンネル崩落事故
T6(1917).10.10 磐越西線に名称変更
T10(1921).3.20 小島山トンネル崩落事故
T13(1924).3.11 津川・白崎間列車転覆事故


岩越線(現在の磐越西線)は開業以来災害の多い線区であった。
信越本線経由に比べて、郡山経由の方が東京に出るのが3時間早く
優位性を保っていたが、度重なる不通と、昭和6年の上越線開通に
より繁栄は失われていく。


T14(1925).7.1 中ノ口電気鉄道新潟市白山浦1丁目・西蒲原郡燕町間軌道敷設許可申請
<S2(1927).10.1 越後鉄道の国有化>
S3(1928).2.14 中ノ口電気鉄道敷設、運輸営業特許
S4(1929).6.30 中ノ口電気鉄道株式会社設立
<S6(1931).9.1 上越線開通>
S6(1931).12.8 新潟電力株式会社より新潟市白山浦・新潟駅間の軌道敷設権譲受
S7(1932).7.7 新潟電鉄株式会社と改称
S8(1933).8.15 白根・燕間の開通を以て新潟電鉄全通
S18(1943).12.31 新潟合同自動車と合併、新潟交通に
S33(1958).10.23 新潟駅・県庁前間の敷設免許を返納
S60(1985).6.1 県庁移転に伴い、県庁前を白山前に改名
H4(1992).4.1 白山前・東関屋間廃止
H5(1993).8.1 月潟・燕間廃止
H11(1999).4.5 東関屋・月潟間廃止


しかし、これらの話、川水運・川蒸気・モータリゼーションが
理解できてないと進みませんわな。


【参考文献】:岩越線
(*1)『岩越鉄道創立趣意書?踏測報告書』 岩越鉄道創立発起人 M23(1890).12
岩越線新発田線村上線鉄道建設概要』 鉄道院若松建設事務所 T3(1914).11
磐越西線の100年:175キロの鉄路にこめられた、人びとの期待と情熱』 郷土出版社 H12(2000).10
岩越線の起点獲得運動」 徳竹剛/著
(『講座東北の歴史;第4巻』 入間田宣夫/監修 清文堂出版 H24(2012).9 に所収)
蒲原・会津地域の明治・大正・昭和~磐越西線の歩みとともに~」 齋藤 昭
(平成25年度第1回文書館歴史講座 H25(2013).5.18 於:県立文書館ホール)


【参考文献】:越後線
越後鉄道沿革』 越後鉄道株式会社 T2(1913).5
(『国有・民営鉄道史:大正期鉄道史資料;第2集・第7巻』 日本経済新聞社 S59(1984).2 にも所収)
越後鉄道沿革概要』 越後鉄道株式会社 T11(1922).11
ある先覚者の軌跡:安田善次郎の鉄道事業』 伊藤東作/著 鉄道資料調査会 S58(1983).2
越後鉄道101年~関屋駅開業100年,その足跡を探る~」 斎藤健夫
(おも知ろ関屋学(関屋地域学)第1回 H25(2013).5.11 於:関屋地区公民館)


【参考文献】:新潟電鉄
電鉄浪漫:捧武写真集』 捧武/写真 県央文化出版社 H11(1999).2
今日ものんびり新潟交通:サヨウナラ、そしてありがとう』 武相高校鉄道研究同好会 H11(1999).2
電鉄の今昔:新潟交通電鉄66年の歴史』 宮田栄門/著 H11(1999).12
電鉄日和』 高木敦子/著 新潟日報事業社 H13(2001).3
今よみがえる懐かしの新潟交通』 武相高校鉄道研究同好会 H14(2002).4
捧 武 写真展~電鉄のある風景~
(H25(2013).5.10~5.26 於:燕市産業史料館)


【参考文献】:新潟県下
新潟の鉄道百年:写真集』 新潟日報事業社 S53(1978).9
中央・上信越JR私鉄2200キロ』 宮脇俊三/編 小学館 H3(1991).3
知られざる前島密:日本文明の一大恩人』 小林正義/著 郵研社 H21(2009).4

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